魚だったころの自分

古くから地球にあって
人間の住まいの材料としてつかわれてきたもの

土の恵みや太陽の恵み
たっぷりと水を吸い込んで育った木は
そうしたゆったりしたエネルギーを
きっとたくさん蓄えているような素材

石やレンガや木材など

自然素材に包まれた生活空間は心を癒しててくれるはずです。

そして私たちは川や海を見ると落ち着くのです。
失われていく水辺を大事にしなければならないのは
魚だったころの自分に戻れるためのタイムマシーン
水辺に浮かぶ船は遠い過去への切符なのです。

草原を走ったりねっころがったり
水辺で足を水に浸したり、水面を手でなでてみると
体の中にある太古の記憶がよろこんでくれるから

目を閉じてはるか昔の思い出を想ってみましょう。

天然石を住宅につかいたい

天然石にはほかの材料に代えがたい
しっかりと質感がありますね。

ひんやりと冷たいイメージ
固くて強いイメージ
ざらざらとした石のかたまりは
いつの時代にできたものでしょうか?
なんだか歴史がありそうですよ。

石材の使用をした時に気になるのが割れとかそういったものなのですけれども、
割れたり欠けたりというのは石材の材料のもろさに関係します。
もともともろい石というのは、磨き上げて使うというのはあまりしないのですが、
大理石を磨いて使うとかといった例があります。
大理石は独特な風合いがありますので、
キッチンの天板などに使う場合もあります。

ところが、水とか果汁のシミみたいのに弱いので、
実際のところ人工大理石が多いんですね。

むりやり本物を使いたいという事で使って
醤油染みや錆のシミがついてしまうといったそういう例もあります。

それでも本物の風合いは捨てがたい。

そういった時は専用のリムーバーという薬品ですぐ取り除いていけば取れるんです。
けれども、それでも天然の石を使うというのは少しはリスクがあるということです。
人工のもので良いのかとと言うことなんですが
対外の場合は、人工のもので長持ちするものを使うことで皆さん満足されている訳なんです。

自然志向、本物志向といった人は天然石でなくては我慢ができない。
そういった時には本物を使うということになります。

本物は人工にはないランダムの模様が出てきます、
ですから人工のように平坦な仕上がりにはならないんです。

それを良しとするいう事になります。

人工と違うところは石の模様が石の出来る時の温度とか
そういう状態によってまだらになったり流れが出来たりいろいろあるんですけど、
均一ではないという特徴があります。
天然の石の良さは均一ではないと言う事なのに、
中には購入されて色ムラがあるじゃないかと
石材屋さんにクレームを付けられる方いるみたいです。
(だったら天然じゃないほうがよかったのではないか?)

斑があるのは天然の石である以上宿命ですので斑が嫌であれば
ビニールとかですねもしくは人工のタイルを選んだほうが懸命だと言うことです。
そういった自然の志向の持っているかどうか、
もう一度自分に問いかけてみて、
やっぱり自分はもう少し均一な人工なものが良いなということであれば、
割り切っていく事も必要ではないかと思います。

人間はなぜ自然素材が好きなのか

私たちはコンクリートのビルに囲まれた都市に住みながら
床材は木製のフローリングにしたり
いぐさで編んだ畳の上で過ごす習慣があります。
とくに日本の風土の中ではその傾向が強いようです。
面白いのはフェイクのビニルタイルになっても
木目のプリント柄のシートや石のプリントを刷るなど
あくまでも自然なるもののイメージに執着するのです。

文化の程度はよくなったものの
木の雰囲気とか土をかためた作ったもの
わらで編んだものの上に寝ると落ち着く習性があるのはなぜでしょう。

藁を乗せたかやぶき屋根の家を見てほのぼのする
癒しの気分になる人も多いのではないでしょうか?
それはきっと、人間がハムスターだったころの記憶です。
ふわふわした草の中に埋もれるのが好きなのだと思います。
藁に包まれて、干草の香りに包まれるのが喜びなんです。

木の質感をよしとするのが世界共通するのはなぜなのでしょう。
それも、森の中で暮らしていたころの記憶なのではないでしょうか?
なぜここまで木の質感がすきなのでしょう。
それは人間が猿だったころの記憶
もう、木登りして木の上に住むことも必要はないのでしょうけども
木をスライスして部屋の中に敷いたり、壁に貼ったりすると
なんだか落ち着くのです。
たまに、頬擦りしたり、手で木の質感をたしかめて
すりすりしてみれば、猿の記憶がよみがえってなんだか幸せな気分になるものです。

海外のガラスブロックを使う

ガラスブロックの色ですが
ピンク、緑、水色、茶系統の色、黄色など
いろいろな色があります。
特に人気があるのはグリーンとか水色、
水色とグリーンの間で微妙な色っていうのは
海外のガラスブロックであります
そういった微妙な色が人気があったりします。

あとは定番で透明なクリアな状態の
ガラスブロックが人気があるようです。
ガラスブロックの表面ですが、
何の模様も無い透明な物と少しくも状のものと
さらにくものようにモヤモヤとした風合いのガラス、
クラウディと呼ばれている物とか
あと方眼のような虫の目のように
細かくガラスが区切られているようなもの
あとは表面がすりガラスのようになっているものなどがあります。

いずれも向こう側が薄っすらと見えるような状態になる為に
若干表面に面白みというんですかね表情をつけているといったものです。
この表情なんですけども産地製造のする所によって
少し風合いが変わってきます。
イタリア製、スペイン製、日本製、中国製など
いろいろありますけども
ぼやかし方っていうのが並べてみると少し違う

ですので好みがありますから
より人間味があると言うんですかね
そういったものであればスペイン製を選ぶとか、
少し高級感っていうんですかね
クリアな感じだけれども模様が付いているような物で
イタリア製を選ぶといった事はあると思います。

ガラスブロックの色についてですけれども
1色2色3色と壁に埋め込んで壁のアクセントにするという事がありますので
そういった場合と言うのは現地で色を1番見て、光に透かし
ショールームなんかで1個1個見るというのも確実だと思います
ガラスブロック自体の単価って言うのは500円ぐらい
500円から1500円ぐらいの1個当たりそれぐらいですので

品物としては高くありませんが一度壁に埋め込んでしまいますと
取れないとかやり直しに費用が掛かってしまうっていう事があるので、
気に入った色をしっかりと選んでいくというのが必要になってきます

ガラスブロックを使う場所ですけれども
部屋と部屋の壁のところが主に使われるところです
例えば洗面所に使っているおかとの間に使っていると
廊下からも光が入ったりあと洗面所で電気をつけると
廊下にも光がもれるといった効果があります

あとはキッチンのカウンター下に使うとか
玄関脇に使うとかですね
あらゆる場所で使うことが出来ます
場合によっては和室にリビングの間に使うなんていう例もありますし
収納と廊下の間に使って何か収納が暗くならないようにするとかですね
そういったいろんな使い方があります

パワースポットの話

抹茶を赤い毛氈の上でいただきながら
一部だけ真っ赤になった庭園を見て
ポスターの写真のように真っ赤な落ち葉が
庭の一面に敷き詰められていたらどんなだろうと
頭の中で浮かべました。

お茶もなくなって少し身体も冷えてきたので
もう少しそこに留まっていたいけれど
腰を上げて縁側をあとにします。

京都など観光で寺社を廻ると
外を見ながら落ち着く場所のある建物が多く
庭でお茶を一服いただきながら
体にエネルギーが充電されるような気がしました。

パワースポットというのはそこら中にあるし
もしかしたら自分の家の縁側にも作れると思うのです。

機能や実用性を重視してむだな場所を省いてしまった結果
縁側のようなスペースを中心に
間取りをするといったことがなくなりました
家に帰って食事をしてお風呂に入り
睡眠をとるだけで体力が回復すればよいのですが
人間の心というものはそうも行かないようで
もっと別のものを満たさなければ安らがないようなのです

子供であれば宿題以外の時間
大人であれば仕事以外の時間
そんな時間が豊かに慣れる場所をもちたいものです

それは日向ぼっこできる場所
薄暗く光がほどよくなくてゆっくりできる場所
静かな場所
大画面の映画を見ることができる場所
明日の休みに釣りの道具を手入れできる場所
趣味の作品を作るのに邪魔されない場所

そこにいるだけでエネルギーが体に流れ込む場所

秋の京都に行くなら紅葉を楽しみたいところ
楓の葉がちょうど赤くなった瞬間に
庭園を見れればとっても幸運なことだと思います

魚介類と明るい男

この地方の日差しは不思議と明るい気分になる。
イタリアを訪れたときに
買うつもりはないのに市場を歩いた。
いわしと思われる小魚を覗き込むと
背が低く頬にてかりのある男と
背が高くちぢれ毛のやせた男が
俺の店があるからそこで調理してくれるようなことを言った。

ここに来てお気に入りの店もまだないということ
若干開放的な気分になっていたせいで
案内してくれるように目で促すと
頬にてかりのあるほうの男がこっちへこいと
首で合図を送ってきた。

店は白壁で穴の開いたところが入り口
入り口をくぐると明るい庭があって
その奥に若干薄暗い客席があった。
4人がけで40席ぐらいのちょうどよい広さで
客席ばかりをあつめた観光地の半屋外のテラスとはちがった。
男たちは客席の奥の厨房へ私を案内し
長身の鼻の高く若い料理人に小魚を調理しろと言った。

背の小さなてかりが俺の舎弟だといったようなことを言っていたが
若い料理人をよく見ると端正な顔立ちをしていたので
私はすっかり見とれてしまって
言葉も半分しか頭にはいらない。

若い料理人は私を品定めするように見た後
肩をすくめながら出来ないこともないと言った。
手際よくピザ生地の上に魚を乗せ
チーズやバジルオリーブを載せて釜に入れると
会話もろくにしないうちに釜からピザをとりだす。
チーズがポコポコと動くぐらいの熱さ

目を大きく開いて
召し上がれという合図をくれたので
目でありがとうを言ってピザをほおばった。

そのピザがチーズではないおいしい味がしたのは
青空の下で育ったトマトのしずくのせいだろう。

こんなにおいしいピザをご馳走してくれたのだから
この料理人が口説いてきたら相手をしてもよいかなと
思うか思わないかのところで
奥から若い奥さんと思われる女性の声が聞こえた。

明るい日差しと海は
イタリアの明るく奔放な男を育む
女性を口説くのがイタリアのルールと言っても
どこからが女性でどこからが女性でないかはあるようで
あのまま何もなければ、きっと口説かれていただろうから
私も捨てたものではないとおもうべきでしょうか。
妻があるのに口説いてくるなんて、
とはき捨てるか。

底が抜けるような青い空と海を見ていれば
そんなことはどうでもよい。
そう思える。
悩みを抱えた鉛色の日本海を見て育った私には
目を薄目にしなければならないほど日差しが強すぎた。

石畳にあこがれて

天然石の中に乱形石、乱れる形の石と呼ばれる石があります。

形もまばらでよく外のポーチまでの間とか
そういう植物園などにも使われていますね。

遊歩道なんかに使われている場合もあります。

そういったいろんな形に割れた石を使う場合があります。

読んで字のごとく大きさも疎らですし、厚みも疎らになります。

色むらも非常にある材料になります。

そういった人工のものでないランダムの組み合わせ
というのが売りになりますので、
石やさんの置き方で材料が生きたり死んだりしますね。

同じ材料を使っても方向が変わるだけで
組み合わせが変わるだけで大分風合いがかわりますね。

では素人がやってはいけないのかというと言う事になりますけれども、
プロはやはりプロと素人敷きこんだ石をみると
明らかにプロのほうがきれいなのですけれども、
素人の敷いたものは完成されていない
まだらの良さと言うのがあるはあります。

自分で敷きこんで行きたいと思われる方は
ネットなどで購入してもよいのかなと思います。

ただしそういった石材は、
最近では小さい単位で販売してくれていますけれども、
ワンクレート、500キロぐらいの箱に入って届いたりしますので、
家に届いたらびっくりですよね。

その辺はちゃんとどういった単位で発注できるか?

を確認しないと荷下ろししても
移動できないことになりますので、
そのへんは確認しておいた方が良いと思います。

日本の住宅の庭に古くからあるのが飛び石という通路
本来庭で歩く場所って言うのは決まっていない庭が多いんですけども
京都や近所のお寺さんの庭園がしっかり造られている所などでは、
あらかじめ飛び石などで足が二つ乗っかるぐらいの
丸や四角の石を歩幅分転々と繋げながら
ここを歩いてくださいよといったように道を作って
その周りを竜のひげとかコケとかで埋め尽くして小さい丘などを作ったり、
両脇を楓とかそういったもので覆いながら庭を造っていく、
そこを歩くのを楽しむっていったような作り方を良くしています。

その踏み石を歩いていくと、あらかじめ庭を作った人がここを歩いてくださいよ
と言った順番になりますので
見るポイントが非常にわかりやすくなります。

庭師が見てくださいよという思い描いた道なりに歩くことができます。

まっすぐな物もあればクネクネと曲がって配置される場合もあります。

おおむねカーブとか何か灯篭や柵など門とかここで
立ち止まると気持ちいいよと何か仕掛けがしてあったり
することもあるしわかりやすくベンチが置いてあるって言う場合もあります。

そういった敷き詰めるといったことではなくて
飛び飛びに石を置いていくという昔から日本にあった技法もあるので
そういった石の使い方もあるのではないかと思います。

石材の中にサイコロ状にカットされたビンコロ石というのがあります。

御影石とかそういった硬い石のが多いですけれども
よくですねヨーロッパの昔の町の敷き込んである石などを見ても
四角いブロック状のものを敷き詰めて波模様にしたり
あるいは整然と並べてみたりしたりっていうものを見ます。

そういうものを日本の住宅の外構に敷き詰めてそれをエクステリア、
ガーデニングデザインにしていく例も多く見られます。

石と石の間は砂でめじ込んでもいいですし、
砂でめじ込んだ後にセメント、モルタルのようなもので
潰してしまっても良いと思います。

レンガと一緒で敷きこむ前の下地というのは、
土やコンクリートといったものがありますけれども
それでもビンコロ石というのは機械でカットされているわけではありませんので
表面がゴツゴツしている特徴になってきます。

ゴツゴツした所がインターロックロッキングや
人工のものではない良さになってくるので、
玄関の所の前とか駐車場に敷きこむと非常に風合いが良くなります。

コンクリートに比べて自然な感じ、見た目の重厚感、
面白さ、暖かさが出てきます。

海外の建築って石を上手に使っていますよね。
もともと石畳の文化だから石が年月を経て
風合いが出て美しくなるのを知っているみたい

海外の石畳を歩いたときに
ちょうど足の細くて長い女性が通りがかって
固い路地のある都市部の女性は
固い床を歩けるようなスタイリッシュな脚にしんかするのかしら?
なんだかそう思えました。

ナチュラルな木椅子との出会い

ナチュラルな木製椅子を長く使う

初めて北欧の椅子に触れたのはYチェア
もちろんデザイナーの名前もしらないし
その価値もわかりませんでした。
友人のダイニングに一脚だけ違う椅子が置かれていたので
不思議だなと思ってはいたのです。

いつもは奥さんが座る椅子なのに
私が来ると決まってその椅子に座らせる。
なぜかなと不思議には思っていたのですが
あとからそれがハンスJウェグナーさんのデザインだと知りました。

その椅子には気品となんともいえない気の優しさがあり
すわり心地もさわり心地も最高なものでした。

木製の椅子には使い込むと味が出るよさあります

そして私が初めて購入した椅子がセブンチェアです
アルネヤコブセンデザインのデザインで
色はビーチナチュラルを購入しました
失敗したくなかったので知り合いに頼んで
正規品を安く譲ってもらいました
今のようにネットで中国産が出回っていないころの話です
届いてすぐ座ったときの感動は今でも覚えています
どうしてこのようにつつまれるように木を加工できるのか
見た目のデザイン以上に座りごこちが最高でした。

購入した当初は新婚でしたのでよかったのですが
初めての子供がペンで落書きしたときには
むやみにおこるわけにもいかず
なくなく使うのをやめてしまいこみ
樹脂製の椅子へ変えました
それほど愛着のあるものになったということです

子供も増えて家事に追われてくると
今度は座るまもなく
座るスペースもないという状態になりました
じっくりとおちついてすわるというよりも
簡単に腰掛けてすぐによけられるもの

私のスペースなどないにひとしかったので
一瞬でも満足にひたれて
さっとかたつけられる
しかも場所をとらない

それだけではなく愛らしいのが
アンティークの丸椅子の特徴です
そして丸椅子は時間がたてば経つほど
味が出るので早めの購入がお勧め
長く使うことで風合いと光沢、愛着が増します

木をふんだんに使った家

ナチュラルハウスに欠かせない自然素材といえば
木目、無垢材などの自然を感じる木の素材です。

ちょっと待ってください。

私たちはなぜ木の素材に癒しを感じるのでしょう。
場合によってはビニルに木目をプリントしてまで
木目から癒しを得ようとするのです。
木目というのは季節の変化で木の年輪ができたもの
地球の記憶を木がデータとして保管してくれたもの

古い神社仏閣の木の年輪を見れば
はるか昔に寒い冬や暑い夏があったことを
しっかりとと記憶してくれているもの

手を木目にあわせてみれば過去のデータを
読み込めるかもしれない。
そう思って木に手をあててもなにもおこりませんでした。

ただひんやりしただけで
少しだけ木の香りがするだけだったのです。

木の香りですって?

無垢材には木の香りがあります。
木の中に含まれる空気が香りになって外に染み出しているものです。

もしかしたら・・・

木の発する香りに癒しの成分があるのではないだろうか?
そういえばヒノキのかんな屑や木片をひろって風呂にいいれて
ヒノキ風呂のような香りを楽しんで
癒しのスペースを演出したりもする。

木材になる前の森林で木の香りを吸い込んで
大いに癒されたりするものだ。
どうやら木の成分がうっすらと空気に混じると癒されるようです。

でも木目を見ただけでそんな気分になれるのはなぜなのでしょう。
私たちは見た目に木に囲まれた空間に囲まれただけで落ち着くようで
合板のフローリングやビニルのフローリングを見たときにも
それに触れて香りがないと気がついたとしても
木目と木の色があることで気持ちは落ち着くのです。
なぜ木の質感を頭の中でイメージできるのでしょうか。

きっと長い間木とともに生きてきた記憶のせいなのでしょう。
長い間森と共生してきた遺伝子が私たちの遺伝子にあるような気がします。
木目を見ただけで木の香りや温かみを思う記憶が体の中にあるようです。

アンティークやクラシックなスタイルはさらに
カビや湿気、長い間使い込んだイメージを思わせます。
それが新品であってもです。
私たちがその湿気や菌のようなものをありがたがるのは

なぜなのでしょう?

きっとはるか昔に菌だったから?
仲間だったから?

居心地の良いレンガのインテリア

レンガのインテリアって温かみもあって
自分の部屋の一部にも使っているんですよね。

いまさらレンガを使うのはなぜなのでしょう?
それはきっと人間がもぐらだったころの記憶だと思うのです。

いまさら、穴を掘って住むことをすると馬鹿にされるものだから
せめて土を練って天日に干したものや焼いて固めたものを使うのです。

だからきっちりしているよりちょっと荒々しくかけていたり
ぼろぼろになっていくようなものでもなんだか落ち着くと思えるのです。

土壁をわざわざお金をかけて塗りたくなるのもきっともぐらの記憶
少し風通しのよいような土色の壁や池の色の壁がすきなのです。

アースカラーって心落ち着くし、
癒しの効果があるので居心地が良いんですよね